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引き続き、中小企業が抱える問題点を考えてみます。

 

 

■経営者自身の成長の機会が不足

 

かつては、中小企業は社長の分身、子供のような存在でした。

創業者やオーナー社長は特にそうでしょう。

 

 

社長が会社の「顔」であり、
会社が社長の「顔」でもありました。

 

 

社長の背中を見て、社員が育ちました。

 

社長の指示通りに社員が動き、
社長の一声で、社員が辞めた会社も多かったでしょう。

 

 

それが通用したのは、世の中の変化に対して、
社長の方針で何とか対応できたからとも言えます。

 

 

大企業との下請け関係や、保守的な業界や地域の利害関係の中で、
ビジネスが成立してきた部分もあります。

 

 

ただ、その流れもここ数年で劇的に変わったのです。

 

ネットやITの発達により、新しいビジネスが台頭し、
今までの業界構造や既成概念はまったく通用しなくなったのです。

 

 

にも関わらず、多くの社長はその事実に真剣に向き合おうとしていません。

 

「今のままでは厳しい」と口にしているものの、
問題解決の糸口が見つかっていないのです。

 

 

自己流でやってきたものの、
売るための抽象思考力と仕組みが確立されておらず、
「全体」を設計できないので、「部分」ばかりに目が行き、
場当たり的に行動してしまう。

 

その繰り返しをしていないでしょうか?

 

 

あえて厳しい言葉を使えば、

時代の流れに取り残された「慢心」と「怠慢」といえるでしょう。

 

新しい時代の変化を受け入れない「固定観念」、
視点の低い人たち同志での「横並び主義」に安住していませんか?

 

 

「人生100年時代」と言われますが、私の会社は現在95歳です。

 

「リサイクル」という言葉がなかった時代に、個人商店として
空き容器や製紙・製鋼原料等の回収業の売買業を興しました。

 

その後、ガソリンスタンド経営で多角化を行いました。
古紙リサイクルや産業廃棄物中間処分業、

機密文書処理サービスなどの事業を拡大してきました。

 

経営コンサルティングやコーチングの事業も始めました。

 

 

社会の要請に応えつつ、本業の基盤を強くしながら、
会社の形を変えることで、生き残ってきました。

 

 

こんな時代だからこそ、個人も組織も新しい発想で
「100歳企業」を増やしていきたいと思います。

 

 

■経営者が目指すべき世界観を持てていない

 

多くの中小企業経営者・個人事業主の方は、
高い視点から物事を俯瞰し、自分を薄めて「全体」を考える

思考と行動力が欠如していると感じています。

 

 

いくら新しい評価制度や仕組みを導入しても、
社員が動くのはお金や休日だけのためではありません。

 

 

それらも短期的には一定の効果はありますが、

欲求には際限がありません。

 

持続的、共存的なものではないのです。

 

 

給与→資金的制約
休日→時間的制約
役職→ポストの数

 

と、制約のあるパイを分割するだけでは限界がありますし、

社員間で不公平感、格差も生まれるでしょy。

 

 

モチベーションは、会社がただ与えるだけのものではありません。
社員自らが仕事の中から見出すものでもなければならないのです。

 

 

自分で考えることをあきらめてしまうと、

目の前にあるもの、目に見えるものに囚われてしまうのです。

 

売上、成果主義、流行りのマーケティング理論などがその類いです。

 

 

社員も与えられた環境に依存するだけでは進歩も成長もありません。

 

結局、もっと良い環境(そんなものはない)を探すか、
自分の成果だけをアピールし、
他者への貢献や社会との関係性にむけた広い視野が育たないのです。

 

 

そのことに気づいている経営者もいます。
そして、新しい取組みにチャレンジしている会社も少しずつ増えてきました。

 

 

経営者の成長も社員の成長も両立できる方法を追求していきませんか?

その方法を知りたい方は個別にお問い合わせ下さい。

Posted by 奥富 宏幸 at 17:14 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

私は、従業員数百人から数千人規模の会社で働いたり、

コンサル時代に様々な業種・規模の会社を見てきました。

 

 

そして現在は、自分の会社、いわゆる中小企業を経営しながら、
中小企業、個人事業主の方の相談を聞き、アドバイスをしています。

 

 

その中で、中小企業が抱える問題点は何なのかを

いろいろな視点から深掘りしてみたいと思います。

 

 

■「与え合う」甘えの構造、依存体質

戦後から昭代、平成まで国が企業を後押ししてくれました。
経済成長ともに、製造業は大量生産に必要な均一化された社員が必要だったのです。

 

創造性や主体性よりも、効率性や協調性が重視されました。

終身雇用で社員も長期的に安定的な人生設計ができた。

 

 

年功序列制度では、仕事の成果が厳しく問われなくても、

ある程度の年数を経れば職位も上がりました。

 

不公平感がありながらも、自分も年をとれば

高い地位と高年収を手に入れることができる、
ということで満足してきたのです。

 

 

それは、働き方について日本には一つの大きなモデルしかなかったので、

成立していたとも言えます。

 

 

「一億総中流」に代表されるように、日本では平均的な、横並び気質が

国民の意識に根付いてきました。

 

「みんなと同じでなければならない」「うちの業界はこうだから仕方ない」という
固定的な安定志向、現状維持バイアスが浸透しました。

 

学校や会社でも、新卒一括採用で総合職の社員を大量に採用するというような

制度をとっているのは先進国では日本のみです。韓国のそれとも違います。

 

 

■「中小企業」という固定点

 

大企業ー中小企業と分類したことで、上下、優劣、善悪という

概念が勝手にできてしまいました。

 

大企業に行くことは良いこと、中小企業に行くことは大変なこと、

そんな空気が日本に充満しました。

 

 

大企業が大企業たらしめられるのは、中小企業の存在があるから。

単なる会社規模の問題であるにもかかわらず、です。

 

 

それ以上でもそれ以下でもありません。

企業の大きさが企業の良しあしを決めることにはならないはずです。

 

 

ですが、そういう比較されるムードが中小企業の潜在的成長まで

阻害することを助長してきました

 

 

大企業が社会の支配側になり、メディアやCMでの露出で

都合の良いイメージを広めてきました。

 

 

そのおかげで、中小企業や家業はどこか劣等感を感じる

「レッテル」を貼られて苦しい思いをしてきたのです。

 

 

大企業は、良いイメージをつくり、給与面や福利厚生面で好条件を盾に、
安定志向を好む多くの日本人には大企業に入ることが目的になっていきました。

 

 

ドイツやイタリアでは、職人や自営業、中小企業の社会的地位は比較的高いです。
経営者も自分の会社や仕事に誇りを持っていますし、

小さくても個性的でこだわりのある会社は多いです。

 

 

そういう所で働くことは、大企業にはない専門スキルの特化や地域密着度、
アットホーム感やお客とのつながりを実感できるものとして、
若者にも、大企業以外で働く選択肢としての社会的許容があるのです。

 

 

続く・・・

Posted by 奥富 宏幸 at 17:03 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

先日、相談に来られた従業員10人ほどの中小企業の社長さんが、

こんなことを言っていました。

 

 

「奥富さん、社員は全然私の気持ちを分かっていないんですよ。

社員のことを思っていろいろやっているし、

自分が先頭に立って現場の仕事もやっています。
多くを語らずに、背中を見て感じてもらいたいのです。」

 

 

私はその社長さんのお話を聞きながら、内心は、

 

「確かに社員の人たちは社長さんの気持ちを分からないだろうな・・・」

 

思っていました。

 

 

その社長さんは自分では正しいことをやっていると確信しているので、
何が問題の本質なのかを全く理解できていないのです。

 

 

 

まず、社長さんが自分にばかり目が行っていることに気づいていません。

 

哲学で言う「実存的」ということです。

 

話の主語が、常に自分視点で、

 

「オレは、こんなにやっている。オレだけ大変な思いをしている。
 なのに、なぜ分かってくれない!オレは、オレは・・・」

 

とオレオレ主義になっています。

 

 

次に、社長さんは言語化が十分に出来ていません。

 

「いろいろやっている。」

 

のいろいろが自分の中できちんと言語化できていない、
実際は何かをやっているのでしょうけど、
本当に社員のためになることをやっているという思考と自覚がないので、
「いろいろ」と一般化して、はぐらかしてしまうのです。

 

 

そして、「背中を見て感じてもらいたい」という発言もダメです。

 

一昔前は、「イチイチ聞く!オレの背中を見て感じろ。」と
言った考え方もありました。

 

 

ただ、今の若い人たちは、何かをするにしても、
「目的」とそれをする「理由」を

論理づけて説明しないと納得しないのです。

 

 

現場の仕事を汗水流しながら働く社長を見て、

社員が思うことはいろいろあるでしょう。

 

 

でも、それだけでは会社の売上増や社員の満足度に

つながることはありません。 

 

 

社長がやるべきことは、

会社の目差す世界観を自分の論理で言語化し、

行動できる仕組みをつくることです。

 

 

常識から外れた社長自らの哲学を、

時には具体的な数字を使って具体的に、
時には体験談やイメージを使って抽象的に、

社員や社会に伝え続けることです。

 

 

それらがあって、はじめて人は社長を信頼し、尊敬し、

「この人は自分の知らない世界を見ている。信じてみよう。」

と思えるようになるのです。

 

そうすれば、背中を見せることも効果的でしょう。

 

 

自分の思いが相手に完全に伝わることはありません。

 

だからと言って、言葉を紡ぐことを諦め、
社員に背中を見せて感じろ!と言っているのであれば、
その社長は、自らの仕事を放棄していると言えます。

 

そんな会社にいる社員は、転職を考えた方が賢明でしょう。

Posted by 奥富 宏幸 at 15:44 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

最近は、サブスク(サブスクリプション・ビジネス)が大きなトレンドになっています。

 

 

定額料金を支払えば、服、靴、車、映画、音楽など自分のお気に入りのものが

何種類でも手に入るわけです。

 

 

住まいの「サブスク」なんかも出てきたとニュースで見ました。

 

 

「所有」から「利用」の時代になったことで、
モノを売って買換えてもらう、というビジネスモデルが

多くの業界で通用しなくなりました。

 

 

定額課金することで、企業としては安定した収益が見込めますし、
顧客側も自分の好きなモノを好きな時に手に入れることができます。

持つ手間、捨てる手間、つまり時間と空間の省略につながります。

 

 

私が一つ考えたのは、「社食のサブスク」。

 

 

社食は昼食時しか混まずに、朝と午後の時間帯はスペースも

空いているので企業としては時間だけでなく、食材、人材も有効活用したい。

 

 

利用者のメリットとしては、高校生、大学生であれば、

将来働きたい企業のリサーチにもつながるし、

主婦やママ友の団らんの場としても活用できます。

 

サラリーマンは、営業先に近い社食で隙間時間の仕事ができるし、

カフェ探しの労力も減ります。

 

街歩きや観光の合間に利用してもらっても良いでしょう。

 

 

企業側のメリットとしては、潜在顧客との距離が近くなること。

お年寄りや障害者を反ピーク時に雇うことで、

雇用創出や利用客からアンケートや商品企画のアイデア出しにも活用できます。

 

 

その見返りとして利用代金や食事代金を割引しても良いです。

 

 

企業のレベルや時間帯よって、利用料金を変える

ダイナミックプライシングを導入しても面白いでしょう。

 

 

 

サブスクとは少し違いますが、プロボノやクラウドソーシングといった、

自分のスキルをシェアするサービスもたくさん出てきました。

 

 

でも、これはプラットフォーマー(支配者側)にとってはすばらしいことですが、
利用者(提供側)にとっては、ちょっとした趣味レベル程度で

満足するということも多いでしょう。

 

 

企業は大量の社員を定年まで雇い続けるビジネスモデルを維持するのが難しくなり、
社員も多様な価値観や選択肢がある中で、

定年まで同じ会社で働きたくない人が増えました。

 

 

つまり、「切り売り」「秤り売り」の時代になったのです。

「持たない社会」とも言えますし、
大きな物語から小さな物語へ移行したとも言えます。

 

 

そんな世の中の構造を俯瞰した上で、

あなたはどんな働き方、生き方を選択しますか?

 

 

持たないで何でもシェアするだけでは、

あなたには何も残りません。

 

では、何を持ちたいですか?

 

 

お金?

仕事?

名声?

スキル?

 

 

本当にそれらですか?

 

目に見えるものではなく、

目に見えないものを手に入れる努力をしていかないと、

結局何も残りません。

 

目に見えるものというのは、

目に見えないものを手に入れた後に残るものだから。

 

 

あなたがどんな世界観を目差し、どんな行動をするのか?

その答え次第で、世の中はどうにでも変わると言えるし、

何も変わらないとも言えます。

Posted by 奥富 宏幸 at 14:48 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

売れない人は、売れる方法を探します。

 

 

ターゲットはどうしようか?
価格はどうしようか?
競合と同じようなことをしなければならない。

 

そんな視点が低いことを考えています。

 

 

一方、売れる人は、

 

・売る商品・サービスそのものを売らない。
・自分自身で売らない

 

ことを考えます。

 

 

お客様は商品・サービスが欲しいのではなく、

その先にある便益やライフスタイルが欲しいのですが、
多くの人はそれらに気づいていないので、
先に世の中に差し出せば売れる可能性は高まります。

 

 

また、自分自身が売るのではなく、
誰かに売ってもらうような仕組みを作ることができれば、
売れる再現性が高まり、自分の知らないところで、

勝手に売上が発生していきます。

 

 

 

商品・サービスを会社が世に送り出すためには、
「何」が必要だと思いますか?

 

 

「うちの商品を買ってほしい!」
「うちのサービスは、絶対に他社よりもいいです!」

 

と自分本位でセールスをしても、売れることはほとんどないでしょう。

 

 

世の中に商品・サービスを送り出すのであれば、

ある種の「秩序」が必要になると考えてみましょう。

 

 

ジャングルであれだけの種類の動物が

共存できるには秩序があるからです。

 

 

それは、縄張りであったり、

ジャングルそのものの存在であったり。

 

まさに弱肉強食、食物連鎖の厳しくも真っ当な世界です。

 

 

一方、人間世界はどうでしょう?

 

人間は言葉を使います。
だから人間は法律(言葉)を使って、

秩序(均衡)を保とうとします。

 

禁止することを国が法律で定めますが、

それにも限界があります。

 

法律で法律を縛っても、

必ず抜け落ちる言葉があるのです。

 

 

 

話が少し逸れましたが、
企業が商品・サービスを世の中に出す以上、
お客様のために少しでも真っ当な世界になってほしいという
潔さを持つことが必要ではないでしょうか?

 

 

そうでなければ、秩序は崩れ、無茶苦茶なビジネスが横行し、
結果的には私たち人間が生きていくことも難しくなるのです。

Posted by 奥富 宏幸 at 12:53 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

昨日の日経の1面に、

有形資産から無形資産へビジネスも人もシフトしている

といった内容の記事がありました。

 

 

ソニーも「半導体事業を分離せよ」と

ヘッジファンドから提案されたとのこと。

 

ただ結局は、半導体事業の分社化は断わったようです・・・

その理由も何となく分かりますが・・・

 

 

情報化と国際化がますます進み、

1社で有形資産(ハード資産)を持つビジネスは、

経営のスピードと効率化を弱めてしまいます。

 

ですから多くの企業は、付加価値を無形資産に求めようとしています。

 

無形資産には、技術、ソフトウェア、ブランド、ビジネスモデルなどがあります。

さらには、暗黙知や顧客や社員との信頼関係、経営理念などもあるでしょう。

 

 

ただそれらの無形資産も時間が経てば、価値が変わります。
関わる人も変わります。模倣品も出てくるでしょう。

 

 

「作ったものを売る」だけでは、

他社の中で埋もれてしまいますし、
売る人自身も埋もれていくでしょう。

 

 

もはや、「売る経営」は通用しません。

 

 

「自分が、会社が売りたい!」と思うものを売るという発想では、
相手の興味を喚起することは難しいでしょう。

 

 

仮に売れたとしても、

 

「価格が安いから」

「早く注文に応えてくれたから」
「近いから」

 

といった表層的な理由でしかなく、
次は他社の商品に浮気することもあるでしょう。

 

 

では、どうするか?

それは、またの機会にお話しします。 

Posted by 奥富 宏幸 at 13:15 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

最近、私の知り合いの経営者が、

 

「奥富さん、最近私の会社はコンサルタントのアドバイスをもとに、

経営理念(クレド)をつくり、社内で会社の価値観を共有しています。

 

経営計画もつくり、手帳を社員に渡しています。
目標と評価基準も見える化しました。

これで、社員のやる気が上がると思いますよ。」

 

と得意気に私に話をしてくれました。

 

 

 

私も以前、外資系のコンサルタント企業に勤めていましたので、
理念、ビジョン、価値観、戦略、戦術の作成にも携わったことがあります。

 

会社の規模が大きくなり、
社員が増えれば増えるほど、

 

業務の種類が増え、
社員間の意思統一が難しくなります。

 

 

「部分」の数が多くなれば、
「全体」がまとまりにくくなるのは自然なことです。

 

 

ですので、
経営者は会社の存在意義といった抽象的なことを経営理念として掲げ、
それをもとに、戦略や戦術、日々の業務といった具体的なことへ
落とし込もうとします。

 

 

経営理念をつくること自体に善し悪しはないですが、

経営理念というのは冒頭の経営者のように、
誰かにアドバイスされてつくるようなものではないのです。

 

 

経営理念とは、社会への約束。

 

 

経営理念をつくっても、お客さまはほとんど気にしません。
良い会社だなと思って、その会社を調べてみてはじめて

経営理念を知る程度でしょう。

 

 

社員の意識を束ねるために経営理念をつくっても、
社長と同じレベルの意識を持っている社員はほぼいません。

 

 

そうなると、経営理念とは、一体誰のためのものなのでしょうか?

 

 

 

経営理念が社長のエゴのためにあってはならないですが、
まずはトップが新しい文化をつくるための覚悟を持つ。

 

 

そして、世の中の声なき声を拾い、
人生を賭してやるべきことを大義として、
社会への約束として、言語化する必要があると考えます。

 

 

もし、今あなたの会社の経営理念が形骸化しているのであれば、
業界の常識や世間の常識をいったん脇に置いておいて、
社会に対してどんな約束をしたいのかを
じっくり考えてみてはいかがでしょうか? 

Posted by 奥富 宏幸 at 15:26 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

人の真価を見る方法は、いくつかあります。

 

 

自分より立場の弱い人への態度。

転職や起業などで失敗した後の対応。
食事のマナー、などなど。

 

 

あなたは自分がよく知らない人の
本性、本質をどのように見極めているでしょうか?

 

 

 

私は、モノをすてる時に、

その人の真価が分かるように思えます。

 

 

正確に言えば、

何かを買って、使い、すてるまでの一連の流れの中に、
その人の執着や思いやりが見え隠れします。

 

 

そして、何かをすてる瞬間に、

何を思うのか、
何も思わないのか、

 

そこが、人によって普段は見えない「違い」が出る分岐点。

 

 

捨てる前にきちんと分別できる人は、
物事の分別がある人と言っても
いいんじゃないでしょうか。

 

 

ネット社会は情報過多を生み、
相手が見えない故に、
差別的な言動もしやすくなってしまいました。

 

 

差別と区別、
区別と分別。

 

 

 

そう、

すてることは、
想像力を広げること。

 

 

その想像力、

 

相手を推し量る、
自分の外界を思いはかる。

 

その想像力がなくなると、
自己中心主義に走ってしまいます。

そういう人が増えています。

 

 

人が気にしない、気にしたくないことを気にできる。
そこにその人の真価が見えます。

 

 

あなたは、すてる時に何を思いますか?

Posted by 奥富 宏幸 at 15:56 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

「学び方」を根本的に考え直した方がよいと最近感じています。

 

 

あなたは、どんな学びをしていますか?

そもそも「学ぶ」とはどういうことだと考えますか?

 

 

今までいろんなことを学んできたはずです。

 

親から、
先生から、
上司から。

 

 

本から、
スクールから、
体験から。

 

 

でも、それらの学びのうち、あなたの人生に
本当に役立ったものはどのくらいあったでしょう?

 

 

あなたのビジネスで結果を出すことにつながった学びは、
どのくらいあったでしょう?

 

 

 

 

そもそも、

 

親が言うこと、
先生が言うこと、
上司が言うこと、

 

本に書いてあること、
学校で教えること、
体験で知ったこと、

 

たちが正しいとは限りません。

一方的に得る知識は「情報」でしかありません。

 

 

何かを聞いて、

 

「なるほど。」
「勉強になった。」
「もっと勉強しなくっちゃ。」

 

そんな脳内トークが出てきたら、
それは学んでいるのではなく、
ただインプットしているだけです。

 

 

 

学ぶということは、
学んだ先につかみたい「何か」を持っていないと
時間とお金の無駄になってしまいます。

 

 

そう、学んだのに何も得ていない、
だからまた学び続けて彷徨う「まなびんぼう(貧乏)」。

 

 

 

「今自分がやっている仕事で○○という課題を抱えていて、
△△と□□の方針を考えている。
今日の話から課題をどちらの方針にするかを決めたい。」

 

こんな風に準備して誰かの話を聞くのと、
ただ何となく新しい知識が得られればいい

と思いながら聞くのとでは雲泥の差です。

 

 

ビジネスで結果を出す。そのために何を学ぶか?

 

このことに集中しなければいけないと切実に思います。

 

 

・自分の中で学びたいテーマを決める。
・学んだことの一部でもすぐに実行する。
・学びを誰かとシェアして、さらに醸成させる。

 

そんなことも大切な視点です。

 

 

誰かのコピーのコピーの言葉が、ネットや本にははびこっています。

 

どこかのセミナーへ行っても、中途半端なノウハウや、
スピリチュアルの世界でふわふわした話をして気持ち良くなる。

 

 

そんなことが横行している世の中だからこそ、自分の目を見開いて、
地にしっかりと足をつけ、前を向いて進んでいきましょう。

 

Posted by 奥富 宏幸 at 15:48 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

先週1週間、遅い夏休みでベトナムへ飛びました。

 

 

東南アジア特有のジトッとした空気に、
人々の活気や熱気、土や生き物の匂いを覚え、
私の中の嗅覚が研ぎ澄ませる感覚がありました。

 

 

東京にはない「匂い」。

 

 

東京は無味乾燥な場所になってしまった。
クリーンで正確で、スピーディーで、
似たものばかりのオンパレード。

 

その結果、

余計なもの、手間暇かかるものを

どんどん失ってしまったな。

 

見えないものが本当に見えなくなってしまった。

その失ったものを取り戻そうとしている今の社会。

 

 

 

空港に降りると、MajortyからMinorityになることを強烈に意識します。

 

入国審査の列を待っていると、
ふと国の違いって何なのかなと感じました。

 

 

 

ホーチミンは9年ぶり、ダナン・ホイアンは5年ぶりでしたが、
街の変容ぶりに驚きました。

 

 

【ホーチミン】

ホーチミンは相変わらずバイクが多かったです。

 

現地ガイドの話によると、人口に対するバイク保有台数は台湾に次ぐ第2位。

 

ホンダやヤマハが人気ですが、新車は20万円ほどするので、
偽物が3万円ほどで買えるので売れているそう。

 

3人までなら乗せてOKというものベトナム流です。

 

 

とにかく、車もバイクもクラクションを鳴らします。

 

歩行者に注意したり、追い越しの合図だったり、
「直進するよ!」という意思表示だったり。

 

それでも、交通事故が起きないのが不思議です。

信号機や横断歩道は数えるほどしかありませんでした。

 

 

「あおり運転」が横行する日本はどこに向かっているのか・・・

 

 

【ダナン】

おしゃれなカフェやお店がたくさん出来、
外国資本がどんどん進出していました。

 

 

ダナンは5年前とは比べものにならないほどに、
リゾート開発化され、ホテルもバンバン立っていました。

 

 

夜は派手なネオンや照明が街中を照らしていました。

お金がまわり、人々に活気や熱気がある場所でした。

 

日本にもこんな時代があったのだろうな。

 

 

【ホイアン】 

5年前にも行ったホイアンは、やっぱり素敵なところでした。

街全体が世界遺産に登録されているんです。

 

 

前回の旅でたまたま入ったギャラリーでは、素敵な絵を買いました。

 

 

久しぶりにオーナーと再開し、話に花を咲かせました。

 

「私の絵の値段はどんどん上がっているから、あなたはラッキーだ。」

 

と笑いながら話していました。

 

「ほんとかよっ!」

 

 

 

旅は、本当にいいです。

 

自分の生きる世界をメタ認知できる良い機会です。

 

 

自分の常識は、誰かの常識のコピーでないか?
自分の人生を生きるとはどういうことか?

 

旅を通じて、その答えらしきものがぼんやり見える。

 

 

海外旅行や遠出をしなくても、
普段通らない道を通ったり、
普段立ち寄らないお店へ入ったり、
そんなことも「旅」の一部になるでしょう。

 

 

以前、どこかの雑誌にあった

 

「日常の輪から離れる全ての行為を旅と呼びたい」

 

という言葉を思い出しました。

 

 

また、旅に出よう。

Posted by 奥富 宏幸 at 20:34 |  | この記事のURL | コメント (0) | トラックバック (0)

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